異音検知AIは「正常音だけで学ぶ」のが基本、精度は機種で大きく違う
設備の異音検知AIは、故障音を集めて分類するのではなく、正常運転時の音だけを学習し、そこから外れた音を異常とする方式が主流です。工場では異常音の録音がほとんど手に入らないうえ、どんな異常が起きるかを事前に網羅できないためです。
この方式の実力は、機種によって大きくばらつきます。国際コンペDCASE2020のベースラインでは、正常音のみで学んだオートエンコーダのAUCが、ファンで65.83%、バルブで66.28%、ポンプで72.89%、スライドレールで84.76%でした(開発用データセットの平均)。同じ手法でも、対象の音の性質で20ポイント近い差が出ます。異音検知は「導入すれば使える」技術ではなく、対象設備ごとに見極めが必要な技術です。
日立MIMIIデータセットとDCASEが示したこと
MIMII(Malfunctioning Industrial Machine Investigation and Inspection)は、日立が2019年に公開した産業機械の音のデータセットです。バルブ・ポンプ・ファン・スライドレールの4機種を8チャンネルのマイクアレイで録音しており、各機種のモデルごとに正常音5,000〜10,000秒、異常音約1,000秒を含みます。全体で100.2GB、ライセンスはCC BY-SA 4.0です。工場の環境騒音を重ねた条件も含まれており、実環境に近い評価ができる点が特徴です。
DCASE2020のTask 2は、このMIMIIなどを使い「正常音だけで学習して未知の異常音を検出する」課題として設定されました。40チームから117件の提出があり、ベースラインは33位でした。上位チームの多くは、機械のIDを識別する分類器を作り、その識別の不確かさを異常度として使う方法や、IDで条件付けしたオートエンコーダを使っていました。
上位手法の考え方は、工場への導入にもそのまま示唆があります。同じ種類の設備が複数台あるなら、1台ずつ別々に正常モデルを作るより、複数台の音をまとめて学習させて「この音はどの設備のものか」を識別させる方が、正常音の特徴を細かく捉えられるということです。
評価はAUCより「低い誤報率での検出力」で見る
DCASE2020は評価指標としてAUCに加え、誤報率が低い範囲に限ったpAUC(p=0.1)を採用しました。誤報が多いと現場の信頼を失うため、誤報率10%以下の範囲でどれだけ異常を拾えるかを重視したという設計です。
工場での評価も同じ考え方をとるべきです。AUCが80%台でも、実際の閾値で1日に何回も誤報が出れば、保全担当者はアラームを見なくなります。PoCでは「1週間あたりの誤報件数」を先に上限として決め、その誤報件数に収まる閾値で、既知の異常をどれだけ検出できたかを評価します。誤報の設計については異常検知の誤報を減らすで詳しく扱っています。
精度を決めるのはマイク位置と環境音対策
工場の異音検知で精度を左右するのは、アルゴリズムよりも録音条件です。
| 設計項目 | 注意点 |
|---|---|
| マイクの位置 | 対象設備に近づけ、隣の設備や搬送系の音が入りにくい向きにする。位置を変えると正常音の特徴が変わるので固定する |
| マイクの種類 | 指向性マイク、接触型マイク、マイクアレイ。周囲の騒音が大きい環境では接触型や指向性が有利 |
| 環境音 | フォークリフト、エア吹き、隣接ラインの稼働など。正常データにこれらの状態を含めておかないと誤報になる |
| 運転条件 | 品種・負荷・回転数で音は変わる。MESや制御系から条件を取って音と一緒に記録する |
| 録音の周期 | 常時録音か、一定周期のスナップショットか。サイクル動作の設備は工程のタイミングに合わせて切り出す |
ここで重要なのが、運転条件の記録です。品種切り替えで音が変わるのに、AI側がそれを知らなければ、切り替えのたびに異常と判定されます。音のデータに品番・工程・設備状態のタグを付けるには、MESや設備制御とのデータ連携が必要になります。振動データと組み合わせる場合の考え方は振動データの予知保全AIを参照してください。
国内事例と製品選定の視点
国内では、トヨタ自動車九州とスカイディスクが2021年11月にAIによる異音検査システムを共同開発しています(スカイディスクは国内初としています)。これは設備の保全より、製品の検査工程で異音を判定する用途です。設備の予知保全と製品の異音検査では、正常のばらつきの性質や判定タイミングが違うため、同じ「異音AI」でも要件を分けて考えます。
また三菱電機は、プロンプトで指定した音を分離するAI技術(TUSS)を発表し、2027年度にフィジカルAIへの実装を目指すとしています。騒音の中から特定設備の音だけを取り出す技術が実用化すれば、マイク位置の制約が緩む可能性がありますが、現時点では研究開発段階の発表として扱うのが妥当です。
製品やサービスを比較するときは、学習に必要な正常音の期間、運転条件の変化への対応方法、誤報が出たときに再学習をユーザー側でできるか、マイクとエッジ機器を含むかの4点を確認してください。
よくある質問
熟練者の耳とAIはどちらが優れていますか?
比較の軸が違います。熟練者は経験から異常の種類まで判断できますが、常時聞き続けることはできません。AIは種類の判断は苦手でも、24時間同じ基準で監視できます。AIで「いつもと違う」を拾い、熟練者が確認する分担が現実的です。
スマートフォンの録音で試せますか?
傾向をつかむ予備調査には使えます。ただし本番運用では、マイクの位置・向き・感度を固定できる機材が必要です。録音条件が毎回変わると、条件の違いを異常と判定してしまいます。
異常音のデータはどのくらい必要ですか?
学習には不要ですが、評価には必要です。過去の故障時の録音がなければ、意図的に異常を再現できる設備で録音するか、本番運用で異常が見つかった都度記録を溜めて評価に使います。
