この記事は はじめての製造業AI 第3章「データを整えて製品を選ぶ」の 3-2 です。次に読む:製造業AIベンダーの選び方:比較すべき8項目と提案を見比べるときの順番

結論:必要量は「何枚」より「ばらつきを代表しているか」で決まる

学習データの量を決めるのは、用途、手法、そして現場のばらつきの大きさです。同じ外観検査でも、良品だけで学習する方式なら数十〜数百枚の良品で始められますが、不良の種類まで分類したいなら、不良の種類ごとに十分な枚数が要ります。

用途主な手法学習データの目安量より効く条件
外観検査(良品学習)PatchCore、PaDiM等の異常検知良品数十〜数百枚ロット・材料・照明の変化を含める
外観検査(教師あり)分類・物体検出不良の種類ごとに十分な枚数まれな不良は集まらないことが多い
予知保全(異常検知)正常データで学習する異常検知正常運転の数週間〜数か月分運転モード(負荷・品種)を網羅する
予知保全(余寿命推定)回帰・劣化モデル故障まで運転した記録が複数実工場ではほぼ集まらない
需要予測勾配ブースティング、統計手法季節性2周期分(月次なら2〜3年)出荷ではなく受注・需要の実績

いずれの用途でも、評価用に学習に使わないデータを別に確保する必要があります。目安の数字は、公開データセットの構成と技術解説に基づくもので、自社の工程にそのまま当てはまる保証はありません。

外観検査:良品学習なら少量から、評価用の不良品は別に確保

外観検査の代表的な研究用データセットMVTec AD(2019年)は、15カテゴリで学習用の良品が3,629枚、1カテゴリあたり平均200〜250枚程度です。PatchCoreなどの良品学習の手法は、この程度の良品で、画像レベルのAUROCが99%台という結果を報告しています(Roth et al., CVPR 2022)。また、別のデータセットVisAでは、学習画像を5枚または10枚に絞った少数ショットの評価も行われています。

ただし、現場で必要なのは枚数よりも「良品のばらつきを代表しているか」です。材料ロット、季節による色の違い、照明の経年変化、刻印の違いを含まない良品で学習すると、本番でこれらを異常と判定し、過検出が増えます。

学習方式学習に使うもの始められる量の目安向く場面
良品学習良品画像だけ数十〜数百枚不良が少ない立ち上げ期、不良の種類が未知
教師あり良品と、種類ごとにラベルを付けた不良画像不良の種類ごとに十分な枚数不良の種類を分けて対策したい
ゼロショット学習なし(文章で指示)0枚試行段階。精度は学習方式より低い

学習に良品しか使わない場合でも、評価には実際の不良品が必要です。学習に使わない不良サンプルを、できれば数十個以上確保しておきます。良品を1枚も使わないゼロショット方式(WinCLIP)は、MVTec ADでの分類性能が91.8%にとどまり、良品学習の手法より低い結果です(2023年の論文値)。詳しくは外観検査AIの学習データ枚数で扱っています。

予知保全:正常データは集まるが、故障データは集まらない

予知保全では、データ量の問題が外観検査とは逆になります。正常運転のデータはいくらでも集まりますが、故障のデータはほとんど集まりません。多くの工場では、壊れる前に部品を交換するからです。

研究でよく使われる余寿命推定のデータセット(NASAのC-MAPSS)は、ジェットエンジンを故障まで運転させたシミュレーションの記録で、学習用に100〜260機分の軌跡があります。実工場で同じものを集めることはできません。そのため、予知保全は次の順で進めるのが現実的です。

  1. 正常運転のデータだけで学習する異常検知から始める(数週間〜数か月の正常運転データ)
  2. 運転条件(負荷・回転数・品種)ごとに正常の範囲を分ける
  3. 異常の検知結果と保全記録を照合し、どの兆候が実際の故障につながったかを貯める
  4. 貯まった事例が増えてから、故障の診断や余寿命推定に進む

需要予測:系列の長さと、データの定義が量より重要

需要予測で必要なのは、データの量より期間の長さです。季節性がある製品なら、季節のパターンを少なくとも2周期分(月次なら2〜3年)含めるのが目安です。

もう1つ重要なのが、データの定義です。出荷実績を需要と見なすと、欠品していた期間の需要が実際より少なく記録されます。受注や引き合いの実績があればそれを使い、販促、価格、カレンダー、顧客の内示情報も合わせて使います。

系列の数が多い場合は、個々の系列が短くても、多数の系列をまとめて1つのモデルで学習する方法が有効です。Walmartの販売データ42,840系列を予測したM5コンペ(2020年)では、上位50手法がすべてこの方法でした。品番の統廃合で系列が途切れている場合は、新旧品番の対応表を作ってつなぎます(詳しくは需要予測に必要なデータ)。

データが足りないときの考え方

データが少ない場合の具体的な手(良品学習、事前学習済みモデルの転用、シミュレーション、ルールとの併用)はデータが少ない工場でAIを始める方法で扱います。どのデータが社内のどこにあるかの点検はAI導入前の製造データ準備を参照してください。

よくある質問

外観検査AIは何枚の画像があれば始められますか?

良品学習の方式なら、ばらつきを代表する良品が数十〜数百枚あれば始められます。研究用のMVTec ADでは1カテゴリあたり平均200〜250枚です。これとは別に、評価用の実際の不良品を確保してください。

データを増やせば精度は必ず上がりますか?

上がるとは限りません。同じ条件のデータを増やしても効果は小さく、正解ラベルの基準が揺れていれば、増やしても精度は上がりません。撮像条件の改善やラベル基準の統一のほうが効くことが多くあります。

故障データがない設備でも予知保全はできますか?

正常データだけで学習する異常検知なら始められます。異常の兆候を検知し、保全記録と照合しながら事例を貯めていくのが現実的な進め方です。最初から余寿命を予測しようとすると、学習に使えるデータがほぼないため行き詰まります。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この特集について

AIは「データ基盤」で決まる

PoCは成功したのに本番で止まる。原因の多くはモデルではなく、MESと設備データの側にある 全130本

  1. MESとAIの関係:ロット・作業指示・品質判定がAIの精度を決める理由
  2. 製造業AIが本番で止まる7つの理由:PoCは成功したのにラインに載らない構造
  3. 製造業のAI-OCR:紙の検査記録・点検表・ミルシートをデータ化する手順
  4. データ基盤の段階的導入ロードマップ:ユースケースから逆算する8ステップ
特集の記事をすべて見る →

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。