HMAX Industryは業務ごとのナレッジを束ねたエージェント群

HMAX Industryは、日立がAI・データと自社のドメイン知見を組み合わせて提供する製造業向けソリューション群です。生成AIの部分は、汎用チャットではなく「特定の業務のナレッジを統合したデータベースを参照するエージェント」として作られている点が共通しています。2025年12月以降に公表された主なものは次のとおりです。

エージェント対象業務参照するナレッジ公表時期
機器アラーム対処の生成AIエージェント空気圧縮機・給水ポンプ・産業用インクジェットプリンターのアラーム対応取扱説明書、稼働データ、サービスエンジニアのノウハウ2025年12月提供開始
設備故障診断AIエージェントプラント設備のトラブルシュートP&ID・設備図面のナレッジグラフ、保全記録、日立の故障原因分析プロセス2025年4月(ダイキン工場で試験運用)、2025年12月(三菱ケミカルと共同検証)
品質ナレッジシステム品質保証業務、トラブル対応事例の検索品質トラブルの対応事例2026年6月19日提供開始
設計ナレッジシステム3D CADの設計ルール違反の自動チェック設計ルール2026年9月11日提供開始

機器アラーム対処のエージェントは、日立の機器を遠隔監視するFitLiveに接続された機器が対象です。どの機器でも使えるわけではなく、日立製品を使う顧客向けのサービスとして始まっています。

公表された効果と、その条件

日立が公表している効果の数字は、いずれも条件つきで読む必要があります。

品質ナレッジシステムによるトラブル対応事例の検索時間削減
約9割
日立発表(自社工場、2026年6月)
ダイキン工場での設備故障診断エージェントの目標(対応時間)
半減
日立発表(2025年4月、試験運用開始時の目標値)
熟練者知見のオントロジー化による産業プラント保守の生産性向上
30%
日立調べ(ITmedia ビジネス、2026年9月)

品質ナレッジシステムの「約9割削減」は日立の自社工場での結果で、削減されたのは「事例を探す時間」です。原因分析や対策立案の時間まで短縮されたという意味ではありません。ダイキンでの「半減」は試験運用開始時に掲げた目標で、達成値としては公表されていません。プラント保守の生産性30%向上、OJT時間90%削減は日立調べの数字です。

三菱ケミカル東海事業所(四日市)との共同検証は、プロセス産業への初の適用とされ、高温・高圧・有害物質を扱う現場で、熟練技術者と同等以上の速さと正確さで故障原因を特定できるかを確認するものです(日立発表、2025年12月24日)。検証中の取り組みであり、結果はまだ出ていません。

設計の共通点:ナレッジグラフと「OTスキル」

故障診断エージェントの特徴は、P&ID(配管計装図)や設備図面をナレッジグラフにし、保全記録と結びつけたうえで、STAMP(システム理論に基づく安全分析手法)などに基づく日立独自の故障原因分析プロセスを「OTスキル」として学習させている点です。単に過去の保全記録を検索するのではなく、設備の構造と原因分析の手順をAIに持たせる設計です。

ダイキンと日立の故障診断エージェントは、設備図面や保全記録をナレッジグラフとして取り込み、多言語で海外拠点でも使えるとされます。総務省の令和8年版情報通信白書では、現場から設備制御への対応も要望されていると紹介されています。

P&IDと設備図面のナレッジグラフ、保全記録、故障原因分析プロセスの3つが故障診断エージェントに入力され、保全担当者に原因候補と対処を提示する図 P&ID・設備図面(グラフ化) 保全記録(OTデータ) 故障原因分析手順(OTスキル) 故障診断AIエージェント 保全担当者原因候補と対処を確認
故障診断エージェントの構成。設備構造(図面)・履歴(保全記録)・分析手順(OTスキル)の3つを組み合わせる。

この構成から分かるのは、導入側に求められる準備の大きさです。図面がPDFや紙のままで設備台帳と対応していない、保全記録が自由記述で設備IDが入っていない、という状態では、ナレッジグラフを作る段階で大きな工数がかかります。日立は顧客の現場に入るFDE(Forward Deployed Engineer)を置き、データ整備と知識抽出を行っているとされ(ITmedia ビジネス、2026年9月)、この準備工程をサービスとして担う形をとっています。

導入を検討するときの確認点

最後の点は見落とされがちです。エージェントが提示した原因と対処を実際に行ったら、その結果を保全記録に残し、次の診断のナレッジにする流れが必要です。保全管理システムやMESへの書き戻しの考え方はAIの判定結果をMESへ書き戻す、保全向け生成AIの比較は保全Copilotの比較で扱っています。

よくある質問

HMAX Industryは日立の設備を使っていない工場でも使えますか?

機器アラーム対処のエージェントはFitLive接続機器が対象と公表されています。設備故障診断エージェントはダイキンや三菱ケミカルの工場で検証されていますが、いずれも個別の共同検証です。他社設備への適用範囲と費用は個別の確認が必要です。

自社でナレッジグラフを作れば同じことができますか?

仕組みとしては可能です。ただし故障原因分析の手順(OTスキル)をどう形式化するかが難しく、日立はここに自社のプラント保守の経験を使っています。自社で作る場合は、熟練者の分析手順を文書化する作業が中心になります。

設計ナレッジシステムはどのCADに対応していますか?

2026年9月の提供開始時の公表情報では、3D CADの設計ルール違反を自動チェックするとされていますが、対応CADの詳細は本記事の参照資料では確認できていません。導入前に確認してください。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この特集について

製造業の生成AI、どこまで任せられるか

文書検索、手順書の生成、品質報告のドラフト。人が承認する範囲と任せてよい範囲の線引き 全91本

  1. 製造業の生成AI活用の全体像:業務別12ユースケースと導入の順番
  2. 製造業の社内文書RAG入門:手順書・図面・品質記録を検索する5層構成
  3. Siemens Industrial Copilotの全体像:5系統の提供状況と狙い
  4. 生成AIの情報漏えい対策:製造業が決めるべき入力禁止情報とログ管理の7項目
特集の記事をすべて見る →

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。