見積もりの差は「PoCの範囲」の差

AI PoC(概念実証)の見積もりが大きく割れる最大の理由は、各社が想定しているPoCの範囲が違うことです。ある提案は「手元の画像でモデルの精度を確かめる」だけを、別の提案は「撮像系を組み、ラインに仮設置し、1か月並行運用する」までを含んでいます。前者と後者では、期間も費用も桁が変わります。

費用と期間を決めるのは、主に次の5つの要因です。

要因小さく済むケース大きくなるケース
1. 対象範囲1品種・1工程・1不良モード複数品種・複数工程・不良の種類分けまで
2. データの有無既存の画像・時系列・ラベルがあるデータ収集から始める、ラベルがない
3. 撮像・センサーの新設既存カメラ・既存タグを使う照明・カメラ・治具・振動センサーを新設
4. 評価期間オフラインで既存データを評価ラインで並行運用し、季節・ロット変動を見る
5. ベンダーの体制データサイエンティストのみ撮像・制御・現場常駐(FDE)を含む

5つの要因を順に見る

1. 対象範囲

品種、工程、不良モードの数が増えるほど、データ収集とラベル付け、評価の工数が掛け算で増えます。PoCの目的は「この方式で本番に進む価値があるか」を判断することなので、最も効果額が大きく、データがそろいやすい1つの対象に絞るのが原則です。テーマの絞り方はPoC設計の5つの手順で扱っています。

2. データの有無

既存のデータを使えるかどうかで、期間は月単位で変わります。予知保全では、正常運転のベースラインを数週間から数か月集めないと評価が始まりません。外観検査でも、評価用に学習に使わない実際の不良サンプルを確保する必要があり、不良がまれな工程ではこれが期間を決めます。

データがあっても、品番の改番でマスタが合わない、時刻がずれている、良否の基準が人によって違う、といった問題で整備に時間がかかります。中国工業互聯網研究院の魯春叢院長は2025年9月、多くの智能化改造プロジェクトで投資の50〜60%をデータエンジニアリングが占めると述べました(経済日報・新華網、2025年9月18日)。PoCでも同じ構造が起きます。

3. 撮像・センサーの新設

外観検査AIの精度は、撮像系でほぼ決まります。欠陥が画像に写らなければ、どのモデルでも検出できません。照明・カメラ・位置決め治具を新設する場合、その設計と検証がPoCの費用の大きな部分を占めます。予知保全でも、振動・電流センサーの選定と取り付け、通信の確保が必要になります。

4. 評価期間

既存データでのオフライン評価は短期間で終わりますが、本番に近い条件での性能はわかりません。ラインに仮設置して人の検査と並行運用すると、照明の変化、搬送のぶれ、ロットの違いといった実環境の変動を確認できる代わりに、期間と現場の負担が増えます。どこまで評価するかは、PoCの後に何を判断したいかで決めます。

5. ベンダーの体制

データサイエンティストだけの体制は単価が見えやすい一方、撮像や設備連携は発注側の負担になります。逆に、現場に入り込んでデータ整備から支援する体制は費用が上がりますが、発注側の工数は減ります。日立や富士通は顧客の現場に入るFDE(Forward Deployed Engineer)による伴走を打ち出しており、富士通は2026年9月、成果連動型・利用量連動型の収益モデルに移ると表明しました(MONOist、2026年10月8日)。料金方式の違いは料金体系の比較で整理しています。

PoCの範囲4段階と期間・費用の関係 既存データで評価オフライン データ収集込みラベル付け・整備 撮像・センサー新設照明・治具・通信 ライン並行運用実環境の変動を確認 右に行くほど期間・費用・現場負担が増え、本番の判断材料も増える
PoCの範囲の取り方で、期間と費用は段階的に増える。どの段階で止めるかを先に決める。

期間の目安を公開事例で見る

PoCの期間は公開事例にも幅があります。キユーピーがブレインパッド、Googleと進めた原料検査の取り組みでは、アルゴリズムの検討から約2か月でプロトタイプが完成したとされます(Google Cloud ブログ、2017年)。ただし同社が実ラインで装置を稼働させたのは2018年8月で、開発開始は2016年です(キユーピーレポート2020)。プロトタイプまでの期間と本番稼働までの期間は、別物として読む必要があります。

日立は鉄道架線の点検で、カメラ映像をAIで解析する検証を4か月で終えたと報告しています(ITmedia ビジネス、2026年9月18日)。

発注前に固めておく条件

見積もりをそろえるには、発注側が次の条件を先に決めて提示します。

  1. 対象の品種・工程・不良モード(または故障モード)
  2. 手元にあるデータの種類、量、期間、ラベルの有無
  3. 撮像系やセンサーを新設するか、既存のものを使うか
  4. 評価方法と合格ライン(オフラインか、並行運用か)
  5. PoCの成果物(報告書、学習済みモデル、評価データ、コード)と、その権利

よくある質問

PoCは無料でやってもらえるものですか

無料PoCを提示するベンダーもありますが、その場合は対象範囲が狭いか、本番契約が前提になっていることが多いです。範囲と成果物、本番に進まなかった場合の扱いを確認してください。

PoCの期間を短くするには何が効きますか

対象を1つに絞ること、評価用の不良サンプルや保全記録を事前に集めておくこと、合格ラインを着手前に決めることが効きます。データ収集を待つ期間が最も長くなりやすいためです。

PoCの費用は補助金の対象になりますか

制度ごとに対象経費が違い、登録済みツールに限る補助金もあります。受託開発のPoCが対象になるかは、各制度の公募要領で確認してください。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。