ガバナンスがないと何が起きるか

製造データのガバナンスは、データを誰が持ち、誰が品質に責任を持ち、誰が使ってよいかの取り決めです。AIを使い始めると、これが決まっていないことによる問題が表に出ます。

  • 修正依頼が宙に浮く:AIの担当者が異常なデータに気付いても、直す責任者がいない。結果として、誤った値を除外する処理がAI側に積み重なる
  • 定義が人によって違う:「稼働率」「不良」の定義が部門ごとに違い、同じデータから違う数字が出る
  • 変更が知らされない:設備の改造でタグの意味や単位が変わっても、AIの担当者に伝わらない。モデルの精度が理由もなく落ちる
  • 使ってよい範囲が分からない:作業者の作業時間のデータを個人評価に使ってよいのか、外部のAIサービスに出してよいのか、判断する基準がない

IPAの「DX動向2026」では、データ整備・管理・流通の課題として「データの標準化が難しい」が36.8%、「管理システムが整備されていない」が32.6%でした(全産業)。標準化や管理の仕組みの前提として、誰が決めるかを決める必要があります。

5つのルール

最初に決めるルールは、次の5つで足ります。

#ルール決めること決めないと起きること
1所有者データの種類ごとの所有部門と責任者修正・変更の判断が誰にもできない
2品質ルール範囲・欠損・時刻・コードの妥当性の基準と、違反時の対応異常値がAIに入り続ける
3変更管理タグ・マスタ・コード体系を変えるときの通知と記録AIの精度が理由もなく落ちる
4アクセス権誰が、どのデータを、どの目的で使えるか。外部への提供の可否個人データの目的外利用、機密の流出
5保持期間データの種類ごとの保存期間と、削除・アーカイブの方法学習に必要な期間のデータがない、または保存費が膨らむ

1の所有者は、データを作る部門が持つのが原則です。設備の時系列データは生産技術または製造、品質判定は品質保証、作業実績は製造、マスタは各マスタの管理部門です。所有者は、データの意味と正しさに責任を持ちますが、基盤の運用まで担う必要はありません。基盤の運用はデータ基盤を誰が持つかで扱うデータエンジニアや情報システムの役割です。

2の品質ルールは、データ基盤側に自動チェックとして実装し、違反を所有者に通知します。具体的なルールの例は製造データ品質の10の問題で扱っています。

台帳1枚で回す

5つのルールを個別の規程にすると、更新されなくなります。データの種類(またはデータセット)ごとに1行の台帳を作り、5つのルールを列として持たせる方法を勧めます。

データの種類ごとの行と、所有者、品質ルール、変更管理、アクセス権、保持期間の列からなる台帳 データ所有者品質ルール変更通知アクセス保持 炉温タグ生技課 A0〜1200℃・欠損5分改造時に必須社内全員5年 品質判定品証課 Bコードはマスタ値基準改定時社内・顧客提出規程による 作業実績製造課 C開始<終了工程変更時集計のみ・個人不可3年 1行=1データの種類。所有者が四半期ごとに見直す
データガバナンス台帳の構成。データの種類ごとに1行で、5つのルールを列として持つ。

台帳の運用は次のように回します。

  1. 最初のAIユースケースで使うデータだけを台帳に載せる(全データを載せようとしない)
  2. 所有者の欄には部門名と担当者名の両方を書く。部門名だけでは修正依頼の宛先にならない
  3. 品質ルールの違反通知は、台帳の所有者に自動で送られるようにする
  4. 新しいユースケースで使うデータが増えたら、行を追加する
  5. 四半期に1回、所有者が自分の行を見直す

外部のAIサービスにデータを出すときのルール

クラウドのAIサービスや外部のベンダーにデータを渡す場合は、アクセス権の列に「外部提供の可否」と「条件」を書きます。判断の基準は次のとおりです。

  • 製品の図面・レシピ・加工条件など、競争力の源泉になるデータは、原則として学習に使われない契約・設定を確認する
  • 顧客から預かったデータ(顧客の図面、顧客専用の品質データ)は、顧客との契約で外部提供が制限されていないかを確認する
  • 個人を特定できるデータは、個人情報保護の規程に従う

生成AIへの入力や学習データの管理は、別途社内ルールとして定めておくと、現場が判断に迷わずに済みます。

よくある質問

データガバナンスの専門部署を作るべきですか?

最初から専門部署を作る必要はありません。台帳を管理する担当者を1人決め、所有者は各部門に置く形で始めます。データの種類と利用者が増え、部門間の調整が頻繁になった段階で、専門の担当やチームを検討します。

所有者を引き受ける部門がない場合はどうすればよいですか?

所有者は、データを作る部門が担うのが原則です。引き受けを渋る場合は、所有者の仕事が「データの意味と正しさの判断」に限られ、基盤の運用は含まないことを説明します。それでも決まらない場合は、工場長など上位者が指名します。

ガバナンスを厳しくするとAIの開発が遅くなりませんか?

アクセスの申請や承認の手続きを重くすると遅くなります。最初は、所有者と品質ルールと変更通知の3つに絞り、アクセス権は「社内で使ってよい」「集計のみ」「外部提供不可」程度の粗い区分で始めます。問題が起きたところから細かくします。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。