同じ「最大◯%」でも、5種類の数字が混ざっている

製造業向け生成AIの効果数値は、出どころで大きく5つに分かれます。将来の構想、ベータ段階の見込み、名前を伏せたパイロットの実測、ベンダー自身の社内実証、社名を出した顧客事例です。第三者が検証した数字は、2026年10月時点の主要ベンダーの発表にはほとんど見当たりません。

代表的な公表値を分類すると次のようになります。

発表数字分類読み方
Siemens(2025年5月、Automate 2025)顧客の生産性を最大50%向上将来構想「オートメーション自体の自動化」で目指す姿として示されたもので、実測ではない
SAP(2025年7月、Q2リリース)Maintenance Planner Agentで保全計画者の生産性最大40%向上見込み値(ベータ)機能がベータの時点でSAPが示した期待値
SAP(2025年10月、Q3リリース)Shop Floor Supervisor Agentで監督者生産性50%向上、計画外停止2%削減見込み値(SAP推定)同上
Siemens(2025年3月)Senseye Maintenance Copilotのパイロットで事後保全時間を平均25%削減パイロット実測(顧客非公表)対象設備・期間・社数は示されていない
Siemens(2025年3月)SCL(PLCの構造化テキスト言語)コード生成が約60%高速化推定同社が「推定」と明記
富士通(2025年12月)購買部門の発注確認業務の工数約50%削減社内実証自社の購買部門での実証
日立(2026年6月)品質ナレッジシステムでトラブル対応事例の検索時間を約9割削減社内実証自社工場での結果
ABB(2025年5月)Genix APM Copilotで O&Mコスト最大40%削減自己申告既存Genix利用者が対象、ABBの自己申告

分類ごとの使い方:比較表には同じ段の数字しか置かない

5段階の確からしさを図にすると、下の段ほど自社の判断材料として重く扱えます。

効果数値を構想・見込み・パイロット・社内実証・顧客事例の5段階に分類した図 1 将来構想 「最大50%」など目指す姿。判断材料にしない 2 見込み値(ベータ・推定) 前提条件を聞いてから参考値として扱う 3 パイロット実測(顧客非公表) 対象・期間・比較対象を確認する 4 社内実証・社名つき顧客事例 業務条件が自社と近いかを見る 5 自社PoCでの実測 稟議に使えるのはこの段の数字 第三者検証の公表値は、主要ベンダーの発表ではまだ少ない
ベンダー効果数値の5段階。比較表に並べてよいのは同じ段の数字だけ。

製品比較表を作るとき、SAPの見込み値「40%」と日立の社内実証「9割」を同じ列に並べると、まったく別の物差しの数字を比べることになります。列を分けるか、注記で分類を明記してください。この分類の考え方は、欧米ベンダー全般を対象にしたベンダー発表の「最大◯%」の読み方でも詳しく扱っています。

数字の前提を確かめる6つの質問

ベンダーに効果数値の説明を求めるときは、次の6点を聞きます。答えが返ってこない数字は、5段階の上の段に置いたままにします。

  1. 測定したのは誰か(ベンダー、顧客、第三者)
  2. 対象は何社・何拠点・何人か
  3. 期間はどれくらいか(数週間のパイロットか、半年以上の定常運用か)
  4. 比較対象は何か(導入前の同じ業務か、別チームか、理論値か)
  5. 「生産性」「時間」の定義は何か(検索時間か、業務全体の処理時間か)
  6. 浮いた時間は何に使われ、どの指標が動いたか

6つ目が特に重要です。保全計画者の作業時間が短くなっても、計画外停止やMTTR(平均修復時間)が変わらなければ、P/Lへの効果は出ません。時間削減を利益に翻訳する考え方は生成AIのROIの測り方で整理しています。

データ基盤の条件が数字を左右する

製造業の生成AIで効果数値が大きくぶれる最大の理由は、参照するデータの状態です。保全Copilotなら、CMMS(設備保全管理システム)の故障記録に故障部位・原因・処置が構造化されて残っているか。生産計画エージェントなら、ERPの能力マスタと実際の設備能力が一致しているか。品質ナレッジなら、過去の不具合報告に品番・工程・不良コードが付いているか。

ベンダーの社内実証は、自社製品のデータが最もよく整った環境で行われます。日立の「検索時間約9割削減」も、自社工場の品質記録を前提にした値です。自社で同じ数字を期待する前に、生成AIを工場データにつなぐ前提条件を満たしているかを確認してください。MESの実績データやCMMSの記録が紙やExcelに分散している工場では、効果が出る前にデータ整備の期間が必要になります。

海外と日本で異なる、数字の出し方の傾向

欧米大手(Siemens、SAP、ABB)は、製品発表の時点で「最大◯%」を見込み値として出す傾向があります。SAPはリリースノートの中で数字がベータ段階の見込みであることを示しており、原文を読めば分類できます。一方、日本語の転載記事では「見込み」「推定」が落ちて断定形になっていることが少なくありません。数字を引用するときは、日本語記事ではなく発表元の原文で分類を確かめるのが確実です。

日本勢(日立・富士通)は、自社工場や自社部門での実証値を先に出す例が目立ちます。これは数字の出どころが明確な一方、ベンダー自身の業務とデータで測った値なので、業種や業務プロセスが違う会社にそのまま当てはまるわけではありません。

よくある質問

第三者検証済みの数字はどこで探せますか

主要ベンダーの製造業向け生成AIについて、第三者が効果を検証した公開データは2026年10月時点ではほとんどありません。業界団体の調査や学会発表で、条件を明示した事例を探すのが現実的です。見つからない場合は、自社PoCの実測を唯一の判断材料にします。

見込み値しかない製品は選ばないほうがよいのですか

そうとは限りません。新しい機能ほど実績値は少なくなります。見込み値の前提条件をベンダーに確認し、自社でPoCを設計して検証できるかどうかで判断してください。

社内稟議でベンダーの数字を使ってはいけませんか

参考値として使うのは問題ありませんが、分類(構想・見込み・社内実証など)と発表元・時期を必ず併記します。投資判断の根拠は、自社業務で測った導入前後の差分に置くべきです。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。