責任者を置いても止まる理由
製造業のAIがPoCで止まる理由の多くは、技術ではなく意思決定の不在です。McKinseyが2018年に7市場・700社超を調べた調査では、デジタル製造を全社展開できた企業は約30%にとどまりました。スケールを阻む障壁は、人材69%、ROIの欠如61%、ビジョンの欠如59%、IT環境の不備44%超で、C-levelの責任者を置いている企業は36%でした。
McKinseyが2019年に公表した資料でも、インダストリー4.0のパイロットを始めた企業の78%がその先に進めず、止まる理由として部門間の連携の弱さや、組織・文化の変化の過小評価が挙げられています。
ただし、責任者を置けば解決するわけではありません。日本の製造業では、CDOやDX推進室長を置いても、予算は事業部、データは各工場、人事は人事部が持ったままという例が多く見られます。責任者は会議を主催して進捗を集めるだけになり、PoCを本番に進める判断も、工場横断のデータ整備も進みません。
推進責任者が持つべき5つの権限
1. 予算の配分
AIテーマの予算を、PoCだけでなく本番化まで含めて配分できる権限です。PoCは推進室の予算で、本番化は事業部の設備投資で、という分け方をすると、PoCが成功しても事業部の予算審議で止まります。PoCの計画時点で本番化の費用を見積もり、通れば本番まで一体で確保する枠組みが必要です(費用の見方は製造業AIの導入費用の内訳)。
2. データの標準化
工場をまたいでデータの形式、マスタ、設備タグの命名、不良コードを揃えさせる権限です。製造業のAIは、1工場で成功しても、他工場のデータの持ち方が違えば横展開できません。各工場のMESや設備データの持ち方に口を出せない責任者は、横展開の段階で必ず止まります。
3. 人の配置と評価
工場の推進担当に業務時間の一定割合を充てさせ、その成果を評価に反映させる権限です。推進担当の評価が本業の上長だけに委ねられていると、AIの仕事は後回しになります。評価の仕組みはAI人材の評価制度を参照してください。
4. 進退の判断
PoCを続けるか、中止するか、本番に進めるかを決める権限です。中止の判断ができない組織では、成果の出ないPoCが何年も続きます。合格ラインと中止条件をPoCの開始前に決め、その判定を責任者が下します。
5. ルールの制定
AIの利用ルール、AI台帳、リスク評価の手順を全社に適用する権限です。生成AIの利用ルールや、検査AIの判定を誰が最終確認するかといった決めごとは、工場ごとにばらばらにすると監査や顧客対応で困ります。
肩書きだけの責任者にしないための点検項目
次の項目に「いいえ」が多い場合、責任者の権限は形だけになっている可能性があります。
| 点検項目 | はい/いいえ |
|---|---|
| 責任者は、PoCの成功後に本番化の予算を確保できるか | |
| 責任者は、工場に対してデータ形式やマスタの統一を指示できるか | |
| 工場の推進担当の評価に、責任者の意見が反映されるか | |
| 責任者は、成果の出ないPoCを中止できるか | |
| AIの利用ルールは、全工場に同じものが適用されているか | |
| 責任者は経営会議で、AI投資の進捗と効果を定期的に報告しているか |
誰を責任者にするか
製造業の推進責任者には、工場の現場を知っていることと、経営に投資の効果を説明できることの両方が求められます。IT部門の出身者だけで固めると、現場の課題や工程の制約を理解しないまま進み、工場の協力を得にくくなります。生産技術や品質保証の出身者を責任者に据え、IT部門の責任者と組ませる形もよく見られます。
責任者の任期も重要です。AIのテーマが本番に載り、横展開まで進むには数年かかります。1〜2年で交代すると、方針が変わってPoCがやり直しになることがあります。
よくある質問
CDOは取締役である必要がありますか
必須ではありませんが、予算と人事に関わる権限を持つには、経営会議に出て直接報告できる立場が必要です。取締役でない場合は、社長直轄にして権限を明文化します。
中小企業でもCDOを置くべきですか
専任のCDOは不要です。社長自身が責任者となり、兼任の推進担当を置く形が現実的です。5つの権限は社長がすでに持っているため、社長が意思決定に時間を割けるかが鍵になります。
CIOとCDOはどう分担すればよいですか
CIOは情報システムの安定運用とセキュリティ、CDOはデジタルとAIによる業務の変革を担うのが一般的な分担です。データ基盤の責任をどちらが持つかを明確にしておかないと、空白が生まれます。
