モデル構築より、データを整える力が足りない

製造業のAIプロジェクトで時間を取られるのは、モデルの学習ではなくデータの準備です。Anacondaが2022年に133か国のデータサイエンティスト3,493人を調べた調査では、データの準備とクレンジングに使う時間が約38%で、モデルの選択・学習・デプロイは約26%でした。

日本の企業も同じ課題を抱えています。IPAの「DX動向2026」(2026年7月30日公開)では、データの整備・管理・流通の課題として「人材の確保が難しい」が51.2%、「データの標準化が難しい」が36.8%、「管理システムが整備されていない」が32.6%に上りました。

製造業では、ここに工程固有の難しさが加わります。品番の改番、設備ごとに違うタグ名、検査員によって揺れる良否判定、紙の帳票に残る記録などです。これらを整えるには、工程と品質の知識が欠かせません。

必要なスキル10項目

製造業のAI人材に必要なスキルを、ドメイン・データ・AI・業務の4領域で10項目に整理しました。

領域スキル内容の例
ドメイン1. 工程の知識工程の流れ、加工条件、設備の動き、品質が作り込まれる場所を説明できる
ドメイン2. 品質の知識不良モード、検査規格、限度見本、統計的品質管理(SPC)の考え方
データ3. データの所在の把握MES、ヒストリアン、検査装置、ERP、紙の帳票のどこに何があるかを知っている
データ4. データの整備時刻合わせ、欠損処理、マスタの名寄せ、不良コードの統一
データ5. ラベルと判定基準の設計良否の正解データを、誰がどの基準で付けるかを決められる
AI6. 課題のAIへの落とし込み業務課題を「分類」「異常検知」「予測」などの問題の型に置き換える
AI7. 評価の設計見逃し率・過検出率など、業務に合った評価指標と合格ラインを決める
AI8. モデル構築と運用学習、精度劣化の監視、再学習、モデルの版管理
業務9. 現場への組み込みAIの結果を作業指示・MES・アラームにつなぎ、運用手順を作る
業務10. 効果の説明不良率・停止時間・工数への効果を数字で示し、投資判断につなげる

1〜5と9・10は、外部のベンダーに任せにくいスキルです。とくに3〜5は、工程を知らない人がやると、正しそうに見えて実は使えないデータができます。データの品質問題の具体例は製造データ品質の10の問題を参照してください。

3層ごとの必要水準

現場・推進・専門の3層で、どのスキルをどの水準まで求めるかを分けます(3層の考え方は製造業のAI人材育成を参照)。

現場層・推進層・専門層ごとのスキル水準マップ スキル 現場層推進層専門層 1-2 工程・品質の知識 3-5 データの所在・整備・ラベル 6-7 課題の落とし込み・評価設計 8 モデル構築と運用 9 現場への組み込み 10 効果の説明 主担当の水準理解・協力不要
3層ごとのスキル水準。推進層はドメインとデータの両方で高い水準が求められる。

推進層は、ドメインとデータの両方で主担当の水準を求められる唯一の層です。専門層がデータ基盤を作っても、そこに何を入れ、どの粒度で揃えるかを決めるのは推進層です。逆に専門層には、工程の知識を一から身につけるよりも、推進層の説明を理解し、MESや設備データの構造に置き換える力が求められます。

スキルの見える化から始める

スキルの定義を作ったら、まず社内の現状を見える化します。対象者ごとに10項目を4段階(知らない/説明を聞けば分かる/自分でできる/人に教えられる)で自己評価し、上長が確認します。配布資料として製造業のAI人材スキルマップを用意しています。

見える化すると、多くの工場で「工程の知識は高いが、データの所在を知らない」ベテランと、「ツールは使えるが、工程を知らない」若手に分かれます。この2人を組ませてテーマに当てるのが、最も速い育成方法です。

海外でも重視されるのは「適用する力」

Rockwell Automationが2025年3月に17か国1,560人を対象に行った調査では、「AIを適用する能力」を極めて重要とする回答がほぼ半数に達し、前年の10%から急増しました(同社発表)。求められているのは、AIそのものを作る力ではなく、自社の工程にAIを当てはめて成果を出す力です。

国内のエンジニアの意識も変わりつつあります。ラグザスが2026年9月に公表したエンジニア175人の調査では、今後重要になるスキルとして「生成AIを使った開発」が48.0%、「AI・機械学習の知識」が43.4%でした。製造業の推進層にとっては、これらの技術スキルに工程とデータの知識を掛け合わせることが差別化になります。

よくある質問

データサイエンティストを採用すれば足りますか

足りません。データサイエンティストはモデル構築と評価に強い一方、工程の知識やデータの所在は社内の人にしか分かりません。推進層と組ませて初めて成果が出ます。

統計の知識はどの程度必要ですか

推進層には、平均とばらつき、相関と因果の違い、SPCの管理図が読める程度の知識が必要です。品質保証の担当者はすでに持っていることが多く、AIの評価指標の理解にもそのまま生きます。

スキル項目は何年ごとに見直すべきですか

生成AIやAIエージェントの普及で求められるスキルは変わるため、年1回は見直します。ただしドメイン知識とデータ整備の項目は、技術が変わっても残ります。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。