職人技のデータ化には2つの方向がある

職人技をデータにする取り組みは、データの行き先で2つに分かれます。1つは、熟練者の動きや判断を動画や文書に残し、次の世代の人に伝える方向です。もう1つは、熟練者の操作を機械の学習データにし、ロボットや溶接機そのものに技能を持たせる方向です。

日本の技能伝承の議論は前者が中心ですが、中国では後者の取り組みが報じられています。どちらを選ぶかで、記録するデータも、熟練者に求める協力の形も変わります。

熟練者の技能を、動画と文書で人に伝える方向と、操作データとして機械に学ばせる方向に分けた図 熟練者の技能動き・感覚・判断 人に伝える 記録:手元動画、道具の角度、言語化した判断成果物:動画マニュアル、比較表示例:箔一(金沢)のナレッジ動画 機械に学ばせる 記録:電流・電圧・速度・トーチ姿勢と結果成果物:溶接機・ロボットの条件や動作例:格力の溶接「AIトレーナー」
職人技のデータ化の2方向。行き先によって記録するデータが異なる。

中国の事例:格力は溶接のベテランを「AIトレーナー」に

揚子晩報(2026年2月11日)は、空調大手の格力電器が溶接のベテラン技能者を「AIトレーナー」と位置づけ、その技能を溶接機の学習データに変えていると報じました。熟練者が溶接の作業をする中で、その操作や判断を機械が学ぶためのデータとして記録する、という発想です。報道は取り組みの方向を伝えるもので、学習の方式や効果の数字は示されていません。

格力については、人民日報系の媒体が2026年1月、珠海の工場で155個のAIモデルを組み込み、管理効率が46%上がったと伝えています。溶接のAIトレーナーは、こうした全社的なAI導入の一部として位置づけられていると読めます。

同じ方向の取り組みとして、中国の産業用IoTプラットフォーム企業である树根互联(Rootcloud)は、具身AI(ロボットの身体と結び付いたAI)で溶接動作をリアルタイムに補正する溶接ロボットを打ち出しています(中華網, 2025年9月)。中国の政策は「人工智能+製造」を掲げて現場へのAI適用を後押ししており、熟練者の技能を機械に移す取り組みはその流れの中にあります。いずれも報道ベースの情報で、当サイトは効果を検証していません。

格力(珠海)の工場に組み込んだAIモデル数
155個
人民日報系媒体(2026年1月30日)
同工場の管理効率の向上
46%
同報道

日本の事例:箔一は職人の手元を動画で残す

対照的に、金沢の金箔工芸メーカー箔一は、技能を人に伝える方向を選んでいます。ITmedia ビジネス(2026年10月7日)によると、同社はL is Bのナレッジ動画を使い、職人の手元の動き、道具の角度、力加減をスマホで撮影して伝承しています(職人約100人)。

ロボットへの置き換えに向けた国内の動きもあります。ファナックは2026年9月、Google Cloudと協業した「AI溶接エージェント」を発表しました。部品の図面から材料と形状を読み取り、溶接条件(電流・電圧)とロボットの動作を自動で生成するもので、2026年12月末の出荷予定とされています。こちらは熟練者の操作を学ぶのではなく、図面から条件を導く方式です。生成された条件をオペレーターが微調整できるとしており、熟練者の判断は最終確認の段階に残ります。

項目格力(中国)箔一(日本)ファナック AI溶接エージェント
方向機械に学ばせる人に伝える図面から条件を生成
技能の源ベテラン溶接工の操作職人の手元の動き部品図面と生成AI
熟練者の役割AIトレーナー(データの提供者)撮影される手本生成条件の確認・微調整
公表時期2026年2月(報道)2026年10月(報道)2026年9月(同社発表)

職人技をデータにするときに記録するもの

どちらの方向でも、熟練者の作業を「結果と結び付けて」記録することが要です。動きだけを残しても、その動きが良い結果を生んだのかが分からなければ、手本にも学習データにもなりません。

溶接を例にすると、記録する項目は次のとおりです。

  • 操作:電流、電圧、溶接速度、トーチの角度と狙い位置(溶接機やロボットのログ、手元動画)
  • 条件:母材の材質と板厚、継手の形状、開先、姿勢(下向き・立向きなど)
  • 結果:外観検査、ビード形状、溶込み、破壊試験や非破壊検査の判定
  • 判断:熟練者が途中で条件を変えた理由(聞き取りで言語化)

操作と条件は溶接機のログやMESの作業指示から取れますが、結果と結び付けるには、溶接した製品のシリアルやロットと検査結果を紐付ける仕組みが必要です。この紐付けがない工場では、熟練者の操作ログを集めても、良い操作と悪い操作を区別できません。

よくある質問

研磨のように力加減が重要な作業もデータにできますか

力加減は動画だけでは伝わりにくいため、力覚センサ付きの工具やロボットで押し付け力を記録する方法があります。人に伝える場合は、仕上がりの見本と組み合わせて、どの程度の力でどの面になるかを示すと理解されやすくなります。

溶接ロボットがあれば熟練者は不要になりますか

現時点では、ロボットの条件出しや、品質の最終判断、例外的なワークの対応に熟練者の判断が必要です。ファナックのAI溶接エージェントも、生成した条件をオペレーターが確認・微調整する前提です。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。