計画の誤差はマスタの誤差
生産計画AIは、与えられたマスタを前提に「最適な」計画を作ります。標準時間が実際より10%短く登録されていれば、計画は毎日10%ずつ遅れ、現場は計画を信用しなくなります。段取りマトリクスがなければ、段取りの多い順序が「最適」として出てきます。どんなアルゴリズムも、マスタの誤差は補正できません。
必要なマスタ7種
| マスタ | 内容 | 主な所在 | よくある不備 |
|---|---|---|---|
| 1. 品目マスタ | 品番、品目群、ロットサイズ、保管条件 | ERP・PLM | 改番の履歴がない、品目群の分類がない |
| 2. ルーティング(工程表) | 品目ごとの工程順序、使用設備、代替設備 | ERP・MES | 代替設備が登録されていない、現場の実際の順序と違う |
| 3. 標準時間 | 工程ごとの段取り時間・加工時間・タクト | ERP・MES・IE部門のExcel | 設定当時のまま更新されていない |
| 4. 段取りマトリクス | 前品目→次品目の組み合わせごとの段取り時間 | 現場の経験(データ化されていないことが多い) | 存在しない、平均値1つで代用 |
| 5. 設備カレンダー | 稼働時間、計画停止、保全予定 | MES・保全システム | 保全予定が計画に反映されない |
| 6. 副資源 | 人員のスキルと勤務、治具・金型の数 | 人事・現場のExcel | 計画に入っておらず、現場で調整 |
| 7. 在庫・仕掛 | 原材料・仕掛品・完成品の在庫 | ERP・MES・倉庫管理 | 計上タイミングのずれで実在庫と合わない |
ISA-95の階層で言えば、品目マスタや受注はレベル4(ERP)、設備・人員・実績はレベル3(MES)にあり、生産計画AIはこの2つの層をまたいでデータを集めることになります。ERPとMESでマスタが二重管理されていると、どちらが正かの判断から始める必要があります。マスタ整備の一般的な手順はAIの前にマスタ整備を参照してください。
標準時間とMES実績の乖離を埋める
7種の中で、計画の精度に最も効くのが標準時間です。多くの工場では、標準時間は製品の立上げ時に設定されたまま更新されず、改善活動や設備の老朽化で実態とずれています。MESが工程ごとの開始・終了時刻を記録していれば、実績から標準時間を補正できます。
手順は次のとおりです。
- MESから品目×工程×設備ごとの実績時間(開始〜終了)を抽出する
- 設備停止・材料待ち・作業中断の時間を分離する。MESに停止理由が記録されていれば使う
- 外れ値を除いた中央値と、現在の標準時間との乖離率を出す
- 乖離が大きい(たとえば±15%超)組み合わせを一覧にし、IE担当と現場で理由を確認する
- 承認したものだけをマスタに反映する。自動で上書きしない
MESに実績がない工程は、作業日報や設備の稼働信号から推定するしかなく、精度は下がります。MESでどのデータが取れるかはAI学習に使えるMESデータ一覧で整理しています。
マスタの鮮度を保つ仕組み
マスタは一度整備しても、新製品の追加、設備の更新、工程の改善で毎月のように変わります。整備したマスタを古くしない仕組みがないと、1年後には計画AIの精度が落ちます。
- 変更の発生源を決める:新製品はPLM、設備変更は生産技術、工程改善はIE担当など、変更が起きる部門と、マスタへの反映の担当を対応づける
- 計画と実績の差を監視する:品目×工程ごとに計画時間とMES実績の差を毎週集計し、差が閾値を超えたものを自動で一覧にする
- 変更履歴を残す:いつ、誰が、何を、なぜ変えたかを記録する。計画の精度が急に落ちたとき、原因のマスタ変更を特定できる
計画AIのプロジェクトでは、最初のマスタ整備に注目が集まりがちですが、本番の運用で効くのはこの鮮度維持の仕組みです。担当者と手順が決まっていないマスタは、必ず古くなります。
段取りマトリクスは作るところから
段取りマトリクスは、多くの工場でデータとして存在しません。熟練者が「この色からこの色は洗浄が長い」と経験で知っているだけのことが多いです。作り方は次の2通りです。
- 品目を段取りの観点でグループ化(色、材質、金型、温度帯など)し、グループ間の段取り時間を熟練者に聞き取る
- MESの実績から、前品目と次品目の組み合わせごとの段取り時間を集計する
両方を組み合わせ、聞き取りで初期値を作り、実績で補正するのが現実的です。段取りの順序最適化は段取り替え順序の最適化で扱います。
よくある質問
ERPとMESのどちらのマスタを正とすべきですか?
品目と受注はERP、設備・工程の実績と現場の工程順序はMESを正とするのが一般的です。重要なのは、項目ごとにどちらが正かを決め、もう一方へ同期する仕組みを作ることです。
マスタ整備にどのくらいの期間がかかりますか?
工場の規模とデータの状態によりますが、ボトルネック工程に絞れば数か月で計画AIの検証を始められることが多いです。全工程の整備は、計画AIの運用と並行して継続的に行います。
この記事に出てくる用語
AIは「データ基盤」で決まる
PoCは成功したのに本番で止まる。原因の多くはモデルではなく、MESと設備データの側にある 全130本
- MESとAIの関係:ロット・作業指示・品質判定がAIの精度を決める理由
- 製造業AIが本番で止まる7つの理由:PoCは成功したのにラインに載らない構造
- 製造業のAI-OCR:紙の検査記録・点検表・ミルシートをデータ化する手順
- データ基盤の段階的導入ロードマップ:ユースケースから逆算する8ステップ
