しきい値を動かすと見逃しと過検出が入れ替わる
外観検査AIや異常検知AIは、製品や設備の状態に「不良らしさ」「異常らしさ」のスコアを付けます。スコアがしきい値を超えたら不良(異常)と判定します。しきい値を下げると、見逃し(不良を良品と判定)は減りますが、過検出(良品を不良と判定)が増えます。上げると逆になります。どちらもゼロにするしきい値は、現実のデータではまず存在しません。
PatchCore(Rothら、CVPR 2022)は公開データセットMVTec ADで画像AUROC最大99.6%を記録しましたが、F1が最大になるしきい値でも42〜49件の誤判定が残りました。性能の高い手法でも、どこかで線を引く判断は避けられません。
しきい値を決める方法は、大きく3つあります。
| 方法 | 考え方 | 向く工程 |
|---|---|---|
| 1. 見逃し上限から決める | 許容できる見逃し率を先に決め、それを満たす範囲で過検出が最小になる点を選ぶ | 安全部品、流出時の損失が大きい製品 |
| 2. コストの合計を最小にする | 見逃し1件と過検出1件のコストを金額にし、合計が最小になる点を選ぶ | 損失を金額で見積もれる量産品 |
| 3. グレーゾーンを人に回す | しきい値を2本引き、確実な良品・不良だけAIが判定し、中間を人が確認する | 移行期、限度見本が曖昧な不良 |
方法1:見逃し上限から決める
流出したときの損失が大きい製品、特に安全にかかわる部品では、まず許容できる見逃し率を品質保証の観点で決めます。そのうえで、その見逃し率を満たすしきい値の中から、過検出が最も少ない点を選びます。多くの外観検査は、見逃しをゼロに近づけるためにしきい値を下げ、増えた過検出を人の再検査で吸収する運用になります。過検出を減らす撮像やモデル側の工夫は過検出の対策で扱っています。
この方法では、過検出による再検査の件数が、現場で吸収できる範囲かどうかが鍵になります。1日に何件までなら再検査できるかを現場と合意し、それを超えるならしきい値ではなく撮像条件やモデルの改善に戻ります。
方法2:コストの合計を最小にする
見逃し1件あたりの損失(流出対応、クレーム、後工程での手直し)と、過検出1件あたりの損失(再検査工数、廃棄される良品)を金額で見積もれるなら、評価データで「見逃し件数×見逃し単価+過検出件数×過検出単価」が最小になるしきい値を選べます。
この考え方は予知保全でも同じです。誤報1件あたりの無駄な点検コストと、見逃して故障したときの停止損失を比べます。Reliable誌(2026年6月)がまとめた二次情報では、McKinseyが2021年に、誤報率10%であるプログラムの節約効果が消えた事例を挙げています。誤報のコストは小さく見えても、件数が増えると効果を打ち消します。
方法3:グレーゾーンを人に回す
しきい値を2本引き、スコアが十分低いものは良品、十分高いものは不良とAIが判定し、その間のグレーゾーンだけを人が確認する方法です。人の確認件数を抑えながら、見逃しのリスクも下げられます。AIを導入した直後の移行期や、限度見本が曖昧な不良に向いています。
グレーゾーンで人が下した判定は、そのまま次の学習データになります。MESの検査実績に人の判定とAIのスコアを一緒に記録しておくと、再学習とともにグレーゾーンを狭めていけます。人とAIの役割分担の型はAIと人の役割分担の3パターンで詳しく扱います。
工程の後ろに人の確認を置くかどうか
しきい値の決め方は、AIの後ろに人の確認工程を置くかどうかとセットで決めます。
- 後ろに人の確認がある場合:しきい値を下げて見逃しを抑え、過検出は人が拾う。過検出の件数が人の工数を決める
- 後ろに人の確認がない場合(全自動):見逃しはそのまま流出になる。方法1で見逃し上限を厳しく設定し、それを満たせないなら全自動にはしない
- 後工程に別の検査がある場合:後工程で検出できる不良かどうかで、この工程での見逃しの重みが変わる
決めるための材料をそろえる
どの方法を使う場合でも、しきい値を決める会議の前に次の材料をそろえておきます。
- 評価データでのスコア分布:良品と不良のスコアを品種・ロット別に並べたもの
- しきい値ごとの見逃し件数と過検出件数の表:数段階のしきい値で数えたもの
- 見逃し1件と過検出1件のコストの見積もり:方法2を使う場合
- 現場が1日に再検査できる件数:方法1と方法3を使う場合
- 現行の人の検査の見逃し率:比較の基準として
2つ目の表があれば、会議の参加者が「このしきい値なら1日に何件の再検査が増え、何件の見逃しが残るか」を具体的に議論できます。スコアの分布が品種によって大きく違う場合は、品種ごとにしきい値を分けるかどうかも、この場で決めます。
よくある質問
見逃しゼロは実現できますか
評価データ上でしきい値を十分に下げれば見逃しをゼロにできることはありますが、その分過検出が大幅に増えます。また、評価データにない種類の不良は保証できません。見逃しゼロを求めるなら、人の確認や後工程の検査と組み合わせて設計します。
しきい値は品種ごとに変えるべきですか
品種によってスコアの分布が違う場合は、品種ごとに設定したほうが過検出を抑えられます。ただし管理するしきい値の数が増えるため、変更の記録とMESの品種マスタとの連携が必要です。
現場の判断でしきい値を変えてもよいですか
変更できる権限者と範囲を決め、変更の記録を残す運用なら問題ありません。記録なしに変えると、品質問題が起きたときに原因を追えなくなります。
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