化学のAIは3つの領域に分かれる

領域何をするか主なデータ代表的な事例
1. 品質の推定と監視ラボ分析値をオンラインで推定、多変量で異常を監視DCSのタグ、ラボ分析値ソフトセンサー、MSPC
2. 運転の最適化と自律制御運転条件を調整し、熟練運転員の操作を代替・支援タグの時系列、操作履歴横河電機×JSR、ENEOS×PFN
3. 材料・処方の開発実験の次の条件を提案し、試行回数を減らす実験データ、物性データマテリアルズ・インフォマティクス

これに加え、保全の領域で生成AIとナレッジグラフを使った故障診断が出てきています。

領域1:ソフトセンサーとMSPC

ソフトセンサーは、オンラインで測れる温度・圧力・流量から、ラボでしか測れない濃度や物性を推定するモデルです。2009年の論文で、データ駆動型ソフトセンサーは化学、バイオプロセス、鉄鋼を主な適用分野として普及していると整理されています(Kadlecほか)。課題は、分析値の間隔が粗いこと、プロセスのドリフト、外れ値と欠損で、定期的な再学習が欠かせません。

複数の変数の相関を同時に監視する多変量統計的工程管理(MSPC)も定番です。主成分分析で変数を圧縮し、Hotelling T²統計量とQ統計量で監視します。変数ごとの管理図では見えない、変数間の関係の崩れを捉えられます。詳しくはソフトセンサーとはを参照してください。

領域2:自律制御の一次事例

横河電機とJSRは、強化学習AI(FKDPP)で化学プラントの蒸留塔を2022年1月17日から2月21日までの35日間(840時間)連続で自律制御し、製品はすべて規格を満たしたと発表しました(横河電機、2022年3月)。FKDPPは2018年に横河電機と奈良先端科学技術大学院大学が開発した手法で、当時のシミュレータ検証では4バルブ・9センサ値の制御を約30回の試行で最適化しています。

ENEOSとPreferred Networksは、2023年8月に3,637個の入力センサで予測し9個のバルブを同時に操作する石油プラントのAI自動運転で、手動を上回る効率を達成したと報告し、2024年5月にはENEOS川崎製油所の原油処理装置で930個の入力センサ・13バルブ同時操作による常時自動運転を始めました。両社は「世界初」としています。

強化学習AIによる蒸留塔の連続自律制御
35日間(840時間)
横河電機・JSR発表(2022年3月)
原油処理装置のAI常時自動運転
930センサ・13バルブ
ENEOS・PFN(Impress Watch報道、2024年5月)
鋼の疲労強度の最良候補到達までの平均測定数(逐次学習対ランダム探索)
24回対219回
Ling et al., Citrine(2017年)

領域3:材料開発とベイズ最適化

材料・処方の開発では、次にどの条件で実験するかをAIが提案する逐次学習(ベイズ最適化など)が使われます。Citrineの研究では、鋼の疲労強度(候補437)で最良候補に到達するまでの平均測定数が、逐次学習で24回、ランダム探索で219回でした(2017年)。化学反応の最適化でも、ベイズ最適化が専門家より少ない実験数で一貫して良い条件に到達したと報告されています(Nature、2021年)。詳細はマテリアルズ・インフォマティクスで扱います。

保全:日立×三菱ケミカルの故障診断エージェント

日立は2025年12月、三菱ケミカルの東海事業所(四日市)で、設備故障診断AIエージェントによるトラブルシューティング支援の共同検証を始めました。P&ID(配管計装図)と設備図面をナレッジグラフにし、保全記録と日立独自の故障原因分析の手順を学習させるもので、高温・高圧・有害物質を扱う現場で熟練技術者と同等以上の速さ・正確さで原因を特定できるかを確認します。プロセス産業への適用は同社として初めてです。

よくある質問

ソフトセンサーとAIによる自律制御はどちらから始めるべきですか

ソフトセンサーから始めるのが一般的です。推定値を運転員に見せて信頼を得てから、推定値を使った制御の支援へ進むと、現場の受け入れが進みます。

強化学習の自律制御はどの設備にも使えますか

横河電機×JSRの事例は蒸留塔、ENEOS×PFNは原油処理装置で、いずれも運転データが豊富で、熟練者の操作に依存していた設備です。運転データが少ない設備や、安全上の余裕が小さい設備には、シミュレータでの十分な検証が必要です。

マテリアルズ・インフォマティクスに必要なデータ量はどれくらいですか

逐次学習は少ない実験データから始められるのが特徴で、初期実験は数点から十数点で始めることが多いです。ただし過去の実験データの条件や測定方法がそろっていないと使えないため、実験記録の標準化が先になります。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。