公開データセットでの精度:mAP 85〜90%前後
保護具(PPE)の未着用検知は、画像の中から人物と保護具を見つける物体検出の問題です。YOLO(You Only Look Once)系のモデルがよく使われます。
建設現場の保護具検出を扱った論文(Ferdous & Ahsan、PeerJ Computer Science、2022年)では、ヘルメット4色、ベスト、頭部、身体、安全メガネの8クラスを含むCHVGデータセット(1,699枚、11,604物体)で、YOLOX-mがmAP 89.84%、YOLOv5xが86.24%でした。処理速度は、Tesla K80 GPUでYOLOX-sが1画像あたり約0.08秒です。
mAP(平均適合率の平均)は、検出の位置と分類の正確さを総合した指標です。90%近い数字は高く見えますが、これは論文のデータセットでの値です。自社の工場で同じ精度が出る保証はありません。また、mAPは「未着用をどれだけ見逃さないか」を直接示す指標ではありません。安全の用途では、未着用の人を見逃した割合(見逃し率)と、着用しているのに未着用と判定した件数(誤報)を、自社の映像で測る必要があります。
汎用モデルが自社の現場に合わない理由
公開データセットは、建設現場など特定の環境で撮影されています。工場に持ち込むと、次の違いで精度が落ちます。
| 違い | 具体例 | 起きること |
|---|---|---|
| 保護具の形・色 | 自社指定のヘルメットの色、帽子型の軽作業帽、防塵マスク | 学習していない形を保護具と認識しない |
| 作業服 | 作業服とヘルメットが同系色、反射材の位置 | 背景や服と保護具の区別がつかない |
| 照明・撮影角度 | 天井からの俯瞰、逆光、夜勤の照明 | 頭部が小さく映り、ヘルメットの有無が判定しにくい |
| 遮蔽 | 設備や棚で体の一部が隠れる | 人物検出そのものが失敗する |
対処の基本は、自社の現場で撮影した画像で追加学習(ファインチューニング)することです。数百枚程度の自社画像に保護具の位置を注釈し、公開モデルを出発点に学習し直すと、自社の保護具・作業服への適応が進みます。注釈の際は、着用・未着用の両方を、昼夜・季節(冬の防寒着など)・シフトの違いを含めて集めます。
カメラ配置:死角をなくすのが先
精度の議論より先に、カメラが対象を映しているかを確認します。死角があれば、モデルの精度が100%でも見逃します。
配置の考え方は2通りあります。入口のゲートで、正面・近距離から確実に判定する方法と、作業エリア内を常時監視する方法です。入口での判定は撮影条件を揃えやすく精度が高い一方、エリア内で保護具を外した場合は検知できません。エリア内の監視は範囲が広い分、遮蔽と距離で精度が落ちます。まず入口で確実に判定し、エリア内は保護具を外しやすい作業(暑い場所、細かい作業)に絞って監視するのが現実的です。
注釈作業の進め方
追加学習のための注釈は、保護具ごとの枠(バウンディングボックス)を画像に描く作業です。作業者によって「ヘルメットを手に持っている」「あごひもを外している」を着用とみなすかどうかの判断がぶれると、モデルの判定もぶれます。注釈の前に、着用・未着用の判定基準を写真つきで文書にし、複数の人が同じ基準で注釈できるようにしてください。判定基準は、安全衛生の規程と同じ定義にそろえるのが原則です。
エッジでの推論と通知
映像をクラウドに送り続けると、通信量とプライバシーの両面で負担が大きくなります。保護具検知はエッジ(カメラの近くに置いたPCやAIカメラ)で推論し、未着用の判定と短い映像の切り出しだけを送るのが一般的です。エッジとクラウドの使い分けは推論はエッジかクラウドかで扱います。
通知の設計も重要です。中国の36氪(2026年1月)では、半導体工場のクリーンルームで研华(Advantech)のシステムが保護具の装着をAIで検知し、15秒前に警報を出す事例が紹介されています。入室前の段階で知らせれば、作業を止めずに是正できます。
よくある質問
論文のmAP 89.84%は自社でも出ますか
出る保証はありません。論文の値は建設現場のデータセットでの結果で、保護具の形・色、作業服、照明、撮影角度が違えば精度は下がります。自社の映像で見逃し率と誤報件数を測ってください。
追加学習には何枚くらいの画像が必要ですか
数百枚程度から効果が出ることが多いですが、保護具の種類や撮影条件の幅によって変わります。昼夜・季節・シフトの違いを含め、着用と未着用の両方を集めることが枚数より重要です。
映像はクラウドに送るべきですか
常時送る必要はありません。エッジで推論し、未着用の判定と短い映像の切り出しだけを送る構成にすると、通信量とプライバシーの負担を抑えられます。
