基盤先行でもAI先行でもなく「ユースケース起点」で作る

データ基盤の進め方には、よくある2つの失敗があります。1つは、全工場の全データを集める基盤を先に作り、使い道が決まらないまま運用費だけがかかる「基盤先行」です。もう1つは、AIのPoCごとにデータを個別に集め、PoCが終わるとデータの集め方も捨てられる「AI先行」です。後者は、PoCが成功しても横展開のたびに同じ作業をやり直すことになります。

McKinseyの2018年調査(7市場・700社超)では、デジタル製造ソリューションを全社展開できた企業は約30%でした。WEFは、インテリジェント工場の取り組みのうちパイロットの段階にとどまる企業が2020年に74%に増えたと報告しています。いわゆるパイロット煉獄の構造はPoC死(パイロット煉獄)の実態で扱っています。

現実的なのは、最初のユースケースを1つ決め、そのユースケースに必要な範囲だけを各段階で作り、同時に2つ目以降で再利用できる共通部分(命名規則、データモデル、連携の方式)を残していく進め方です。

8つのステップ

KPI決定、タグ棚卸し、収集、MES連携、蓄積、MLOps、セキュリティ、結果の戻しの8ステップ 1 KPIとユースケース必要データの洗い出し 2 タグ棚卸し命名規則・資産階層 3 収集層OPC UA・MQTT 4 MES連携ロット紐付けのキー 5 蓄積層3層・品質ルール 6 MLOps版管理・ドリフト監視 7 セキュリティゾーンとコンジット 8 結果の戻しMES・アンドンへ 次のユースケースへ
データ基盤の段階的導入の8ステップ。各ステップは最初のユースケースに必要な範囲で作り、共通部分を次に引き継ぐ。
ステップやること成果物次に引き継ぐ共通部分
1 KPIとユースケース改善したいKPI(OEE・不良率・停止時間)と、そのためのAIの使い方を決め、必要なデータと文脈を洗い出すユースケース定義書、必要データ一覧評価の型(効果の測り方)
2 タグ棚卸しと命名対象設備のタグを棚卸しし、資産階層(Enterprise/Site/Area/Line/Cell)と命名規則を決めるタグ一覧、命名規則、対応表命名規則と資産階層
3 収集層OPC UA(コンパニオン仕様を優先)やMQTTで収集し、既存ヒストリアンの設定を見直す収集構成、周期・圧縮の設定ゲートウェイ・ブローカーの構成
4 MES連携ロット・作業指示・品質判定・停止理由を時系列データと紐付けるキーを設計する受け渡し規約、連携の実装データモデルとキーの設計
5 蓄積層レイクハウス等で生データ・整備済み・利用向けの3層を作り、データ品質ルール(欠損・範囲・時刻)を実装する3層の構成、品質ルール品質ルールとシルバー層の設計
6 MLOps特徴量・モデル・閾値の版管理、ドリフト監視、モデルの版をロット履歴に記録する仕組みを作る版管理と監視の仕組みモデル管理の手順
7 セキュリティゾーンとコンジットを設計し、目標のセキュリティレベルを決め、エッジ機器を管理するネットワーク構成、運用ルールゾーン設計とルール
8 結果の戻し推論結果をUNSやMESに書き戻し、作業指示・ホールド・アンドンにつなぐ業務フローの変更、手順書戻しのインターフェース

順番を守る理由と、並行してよいもの

順番で特に重要なのは、1を飛ばさないことと、2と4を後回しにしないことです。

ステップ1でKPIを決めずに始めると、どのデータをどの周期で集めるかが決まらず、収集層が過剰にも不足にもなります。ステップ2の命名規則を決めずに収集を始めると、ラインごとにタグ名がばらばらになり、横展開のときに対応表を作り直すことになります。ステップ4のMES連携を後回しにすると、時系列データがどのロットのものか分からず、AIの学習データが作れません。

一方で、ステップ7のセキュリティは図では後ろにありますが、実際には3の収集層の設計と同時に考えます。工場のネットワークにゲートウェイやブローカーを置く時点で、ゾーンとコンジットの設計が必要になるからです。詳しくはIEC 62443とAI・データ基盤を参照してください。

期間の目安と、2つ目のユースケースでの変化

1つ目のユースケースでは、8ステップすべてを最小限で通すことを目標にします。期間は、対象範囲とMESの状態によって大きく変わりますが、1ライン・1ユースケースで半年から1年程度を見込むことが多いと考えます(編集部の想定)。

2つ目のユースケースでは、ステップ2〜5と7の共通部分を再利用できるため、作業の中心はステップ1のユースケース定義と、追加のタグ・連携項目になります。ここで1つ目のときより明らかに速くならない場合は、共通部分が1つ目のユースケース専用の作りになっていないかを見直します。

全体の費用の見積もり方は製造業データ基盤の費用で、ISA-95の階層とAIの置き場所はISA-95とAIで扱っています。

よくある質問

最初のユースケースは何を選ぶべきですか?

効果をKPIで測りやすく、必要なデータの範囲が狭く、結果を戻す先(誰が何をするか)がはっきりしているテーマを選びます。設備の停止要因の分析や、特定の不良モードの予測は、この条件を満たしやすいテーマです。

既にヒストリアンやMESがある場合も8ステップを全部やりますか?

既存の仕組みがあるステップは、AIに使えるかの確認と不足の補完が中心になります。例えばヒストリアンがあっても、収集周期や圧縮の設定がAIの用途に合わなければ見直しが必要です。ステップを飛ばすのではなく、短く済ませると考えます。

全社のデータ基盤を一度に作る方が効率的ではありませんか?

共通部分の設計(命名規則、データモデル、セキュリティ方針)は全社で決めておく価値があります。ただし、実装は使い道があるところから進める方が、費用の回収と現場の協力が得やすくなります。全社方針と、ユースケース単位の実装を分けて考えます。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。