合成データは「学習の補助」、評価は実物で

最初に結論を書きます。合成した不良画像は、不良学習のモデルに欠陥の多様なパターンを見せるための補助として使えます。しかし、AIの精度の評価、特に見逃し率の測定には、実際に発生した不良の画像を使わなければなりません。合成データで評価すると、合成の仕方に合わせた精度が出るだけで、実際の不良を見逃すかどうかはわからないからです。

この原則を守れば、合成データは不良が集まらない工程で立ち上げを早める有力な手段になります。

合成の4つの方式

方式仕組み長所短所
画像の加工・貼り付け実際の欠陥部分を切り出し、良品画像に貼り付ける。回転・拡大・明るさを変える手軽で、欠陥の見た目は本物貼り付けた境界が不自然になりやすい
GAN・VAEによる生成欠陥画像を学習した生成モデルで新しい欠陥画像を作る多様なバリエーションを作れる生成モデルの学習自体に欠陥画像が要る
拡散モデル・生成AI良品画像の指定した場所に、指示に応じた欠陥を描き込む少ない元画像から作れる場合がある物理的にありえない見た目になることがある
CADとシミュレーション製品のCADデータに欠陥を仮想的に作り、照明やカメラの条件で画像を描画する撮像条件の検討にも使える実画像との質感の差(シム・トゥ・リアル)がある

最も手軽で確実なのは加工・貼り付けで、実際の欠陥の見た目をそのまま使えます。GAN・VAEや拡散モデルは、バリエーションを増やせる一方、生成した画像が実際の欠陥と同じ見た目かどうかを人が確認する必要があります。

公開されている事例

米Merck & Co.は、GANとVAE(変分オートエンコーダ)による合成欠陥データで外観検査を改善し、複数の製品ラインで誤排除(良品を不良として除いてしまうこと)を50%超削減したと、AWSのHannover Messe 2024に関するブログ(2024年5月)で紹介されています。医薬品の外観検査では、欠陥の発生頻度が低いうえに見逃しが許されないため、閾値を厳しくして誤排除が増えやすい構造があります。合成データで欠陥のバリエーションを増やし、良品と欠陥の境界をモデルに学習させることで、誤排除を減らした例と読めます。なお、この数字はAWSのブログでの紹介で、対象製品や比較の条件の詳細は公開されていません。

Merckの誤排除の削減(複数製品ライン)
50%超
AWS Hannover Messe 2024ブログ(2024年5月)での紹介
PFUの照明・カメラ条件探索時間の短縮
90%超
PFU発表(2026年9月)。CADから欠陥を仮想生成して条件を探索

中国では、华为云の盘古CV大模型(300億パラメータのMoE構成)が、油気・交通・炭鉱向けに故障のサンプルを生成し、識別できる故障の種類を増やしたと発表されています(深圳新闻网、2025年6月)。国内では、PFUがCADデータから欠陥を仮想的に生成し、照明・カメラ条件を探索する外観検査設計の技術を開発し、石川県工業試験場との検証で条件探索の時間を約6時間から30分に短縮したと発表しています(MONOist、2026年9月)。PFUの例は、合成データをモデルの学習だけでなく、撮像条件の設計に使っている点が特徴です。

実画像と合成画像の学習・評価への割り当て 実際の不良画像少数 合成した不良画像多数・合成フラグ付き 評価用(先に確保)実物のみ 学習用実物の残り+合成 × 見逃し率・過検出率実物で測る
合成データの正しい使い方。合成画像は学習用にだけ混ぜ、評価用は実際の不良だけで構成する。

使ってよい場面と避ける場面

合成データが効くのは、次のような場面です。

  • 不良学習で、欠陥の種類ごとの枚数が偏っている(ある欠陥だけ極端に少ない)
  • 欠陥の位置や向きのバリエーションが少なく、モデルが特定の位置にしか反応しない
  • 良品学習で閾値を決める前に、どの程度の大きさの欠陥まで検出できるかを感度試験したい
  • 撮像条件の設計段階で、欠陥がどの照明で写るかを事前に検討したい

一方、次のような使い方は避けてください。

  • 合成画像だけで評価し、見逃し率を報告する
  • 一度も実物が発生していない欠陥を、想像で合成して学習させ、検出できると判断する
  • 合成画像と実画像を区別せずに保存し、後でどれが合成か分からなくなる

合成データの管理方法

合成データを使う場合は、学習データの管理に次の項目を加えます。

  • 合成フラグ:その画像が実画像か合成画像か
  • 合成方法:貼り付け、GAN、拡散モデル、CADシミュレーションのどれか、使ったモデルやツールの版
  • 元画像:合成に使った実際の欠陥画像と良品画像のID
  • 確認記録:検査員が見た目を確認したか、誰がいつ確認したか

これらを記録しておけば、モデルの精度が実際のラインで期待どおりでなかったときに、合成データの比率や合成方法を変えて原因を切り分けられます。品質監査で「どのデータで学習したモデルか」を問われたときにも説明できます。

さらに、本番稼働後に実際の不良が発生したら、その画像を優先して学習・評価データに加え、合成データの比率を徐々に下げていく運用にします。そのためには、判定結果と画像をロット・品番と紐付けて保存する仕組みが前提になります。データの集め方は外観検査AIの学習データは何枚必要かで、記録の設計は外観検査AIの判定結果をMESに戻すで扱っています。

よくある質問

合成データはどのくらいの割合で混ぜればよいですか?

決まった比率はありません。実画像だけで学習したモデルと、合成データを段階的に混ぜたモデルを、実物の評価データで比べ、見逃し率と過検出率が改善する範囲で使うのが基本です。合成の比率を上げすぎると、実画像での精度が下がることがあります。

世界基盤モデルなど最新の生成AIで工場の画像を作れますか?

ロボットや自動運転向けの世界基盤モデルは、物理的な環境の映像を生成する技術として発表されていますが、外観検査の微小な欠陥の質感を再現する用途での実績はまだ限られています。外観検査では、実際の欠陥を元にした加工やCADシミュレーションのほうが、管理しやすく確実です。

良品学習でも合成データは使えますか?

良品学習は良品だけで学習するため、学習に合成の不良は使いません。ただし、閾値を決める前に、どの大きさ・どのコントラストの欠陥まで検出できるかを調べる感度試験に、合成欠陥を使うことはできます。合否の判定には実物の不良で確認してください。

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この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。