工数削減だけで計算すると回収は遅くなる

外観検査AIの効果を検査員の削減人数で計算すると、多くの案件で回収期間が想定より長くなります。理由は2つあります。1つは、見逃しを避けるために閾値を厳しくするので過検出が出て、その再判定に人が残ることです。もう1つは、撮像系・治具・ライン組込み・再学習の費用が、AIソフトの価格より大きくなりやすいことです。

一方で、工数以外の効果は試算から漏れがちです。顧客に流出した不良によるクレーム対応・選別・返品の費用、抜取り検査を全数検査に変えたことで得られる品質データの価値は、金額にしにくいため省かれます。外観検査AIのROIを正しく評価するには、効果を3項目に分けて、それぞれの前提を明記したうえで合算します。

効果は3項目で数える

効果3項目から再判定工数と運用費を差し引く構造 1 検査員工数の削減削減時間×人件費単価 2 流出不良の減少減少件数×1件あたり損失 3 全数検査化の価値工程改善による不良減など 効果合計 差し引く:再判定工数 差し引く:運用・保守費(年) 初期費用 ÷ 年間純効果 = 回収年数
外観検査AIの効果3項目と、差し引く費用。過検出の再判定工数を効果から引くことを忘れない。

1. 検査員工数の削減

計算式は「AI化で不要になる検査時間 × 人件費単価」です。ここで差し引くべきなのが、過検出の再判定工数です。再判定工数は「生産数 × 良品率 × 過検出率 × 1個あたり再判定時間」で見積もります。過検出率はPoCの評価結果から取り、PoCの前なら複数の仮定(例えば1%、3%、5%)で幅を持たせます。

また、検査員がゼロになるケースは少なく、再判定、限度見本の管理、AIの監視に人が残ります。削減人数ではなく削減時間で数え、その時間を他の業務に振り向けられるかを現場と確認してください。

2. 流出不良の減少

計算式は「流出不良の減少件数 × 1件あたりの損失」です。1件あたりの損失には、顧客での選別・返品の費用、再製作、出張対応、是正処置の報告書作成の工数を含めます。過去1〜2年のクレーム記録から、外観不良に起因するものを抜き出して集計するのが出発点です。

この項目は、人の目視検査とAIの見逃し率の差で効果が決まります。人の見逃し率は疲労や時間帯でばらつくため、過去の流出実績から逆算するか、同じ評価データを検査員に判定させて測ります。

3. 全数検査化で得る品質データの価値

抜取り検査を全数検査に変えると、すべての製品の判定結果と画像が残ります。これを工程条件や設備状態と突き合わせれば、どの条件のときに不良が増えるかがわかり、上流の工程改善で不良そのものを減らせます。効果は「工程改善による不良率の低下 × 生産数 × 1個あたり損失」で見積もりますが、事前の数値化は難しいため、試算では保守的に置くか、定性効果として別記します。

この効果を得るには、判定結果をロット・シリアル・設備・時刻に紐付けて記録する仕組みが前提です。記録の設計は外観検査AIの判定結果をMESに戻すで扱っています。

試算例(仮の数値)

以下は計算の流れを示すための仮の数値で、特定の企業の実績ではありません。

項目前提(仮定)年間金額
検査時間の削減1日16時間の目視検査のうち12時間が不要、年240日、単価3,000円/時864万円
再判定工数(差し引き)1日5万個、過検出率2%(1日1,000個)、1個20秒、年240日、単価3,000円/時−400万円
流出不良の減少外観起因の流出が年6件→2件、1件あたり損失80万円320万円
全数検査化の価値試算に含めない(定性効果として別記)0円
運用・保守費(差し引き)ライセンス・再学習・部品交換−250万円
年間純効果534万円

初期費用を1,600万円とすると、回収期間は約3年(1,600万円 ÷ 534万円)です。注目すべきは再判定工数で、過検出率を2%から1%に下げられれば年200万円改善し、回収期間は約2.2年に縮まります。過検出率が5%に上がれば、再判定工数が1,000万円になり、工数削減の効果をほぼ打ち消します。

稟議で示すべき前提

ROI試算は、数字そのものよりも前提を明記することが信頼につながります。稟議には次の点を書きます。

  • 過検出率・見逃し率の前提値と、その根拠(PoCの結果か、仮定か)
  • 削減時間を他の業務に振り向ける計画(人員を減らすのか、別工程に移すのか)
  • 流出不良の損失額の算出根拠(過去のクレーム記録の期間と件数)
  • 運用費に含めた項目(再学習の頻度、品種追加の見込み)
  • 横展開する場合の追加費用(2ライン目以降の撮像系・ライセンス)

一般的なROIの考え方や他の用途との比較は製造業AIのROI試算、試算用のExcelは製造業AIのROI試算シートを参照してください。

よくある質問

人の検査員の見逃し率はどうやって測りますか?

学習に使っていない評価用の画像セット(不良を含む)を用意し、複数の検査員に判定してもらう方法が現実的です。実物での測定なら、不良品を一定数混ぜたロットを通常の検査に流します。時間帯や連続作業時間による変化も記録すると、AI化の効果を説明しやすくなります。

全数検査化の効果は稟議に入れるべきですか?

金額の根拠が弱い場合は、主たる試算には入れず、定性効果または上振れ要因として別記するのが無難です。過去に工程起因の不良で大きな損失があった場合は、その再発防止の効果として金額化できることもあります。

補助金を使った場合のROIはどう計算しますか?

補助金を差し引いた自己負担額を初期費用として計算するのが一般的です。ただし補助金は採択されるまで確定しないため、補助金なしの試算も併記してください。補助金には事業計画上の要件があるため、要件を満たせなかった場合の返還リスクも確認しておきます。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この特集について

外観検査AIの選び方

良品学習か不良学習か、撮像系を誰が持つか。精度の数字だけで選ばないための比較軸 全51本

  1. 外観検査AIとは?2つの学習方式と導入5ステップを製造現場の目線で解説
  2. 製造業のAI活用10領域:外観検査・予知保全から設計・技能伝承まで一覧
  3. 外観検査AI製品の比較軸10項目:学習方式・撮像系の範囲・エッジ対応・再学習の手間
  4. 自動車メーカーのAI活用:溶接・塗装検査から生産計画・フィジカルAIまで10用途
特集の記事をすべて見る →

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。