非定型帳票はOCRフリー方式と生成AIが有利

ミルシート(鋼材の製造者が発行する品質証明書)や検査成績書は、化学成分、機械的性質(引張強さ、降伏点、伸び)、寸法、熱処理条件などを表形式で記載した書類です。同じ規格の材料でも、製造者によって表の並び、項目名の表記(英語・日本語・略号)、単位が異なります。

従来の定型帳票型のOCRは、帳票ごとに「どの位置に何の項目があるか」を定義して読み取ります。取引先が数社で様式が固定なら使えますが、取引先が多い、様式が予告なく変わる、という条件では定義の保守が追いつきません。

そこで有利になるのが、文書の画像から構造を理解して項目を取り出す方式です。代表的なものが、OCRフリー方式と、画像を理解する生成AI(VLM:視覚言語モデル)です。

Donut:OCRを使わずに構造化データを出す

Donutは、NAVER CLOVAの研究者らが発表した、OCRモジュールを使わずに文書画像から構造化されたJSONを直接出力するTransformerモデルです(Kim et al.、arXiv 2111.15664、ECCV 2022)。論文は、OCRを前段に置く従来方式の課題として、推論コスト、言語やドメインへの対応力の低さ、OCRの誤りが後段に伝わることを挙げています。

レシートのデータセットCORDでの評価では、Donutの精度が90.9%(TEDベース)、F1が84.1で、P40 GPUで1枚約1.2秒でした。比較対象のLayoutLMv2(OCR+レイアウト理解)は82.4%、F1 78.9、1枚約1.7秒です。ミルシートでの評価ではありませんが、表形式の非定型文書から項目を取り出す問題で、OCRフリー方式が有力な選択肢であることを示しています。

Donutの精度(TEDベース、CORDデータセット)
90.9%
Kim et al.(arXiv 2111.15664、ECCV 2022)
LayoutLMv2の精度(同条件)
82.4%
同論文
Donutの1枚あたり処理時間(P40 GPU)
約1.2秒
同論文

3つの方式の比較

方式仕組み強み弱み
定型帳票型OCR帳票ごとに項目の位置を定義して読む様式が固定なら精度が安定。説明しやすい様式が多い・変わると定義の保守が大変
OCRフリー方式(Donut等)画像から構造化データを直接出力するモデルを学習非定型に強い。OCRの誤りが伝播しない自社帳票での追加学習が必要。学習データの準備
生成AI(VLM)画像を読み、指示に従って項目を抽出追加学習なしで多様な様式に対応しやすいもっともらしい誤り(数字の取り違え、存在しない値)。外部サービスへのデータ送信

生成AIは、項目名や単位の揺れに強く、「引張強さをMPaで出して」といった指示で正規化まで行えるのが利点です。一方で、表の行を取り違える、読めない値をそれらしく補う、といった誤りが起こりえます。日本語の業務文書に特化したVLMも公開されており、ストックマークは2026年7月、NVIDIAのNemotronを基盤に日本語ビジネス文書で追加学習したVLMを商用利用可能なOSSとして公開しました。閉域の環境で動かせるモデルを選べば、取引先の書類を外部に送らずに済みます。どのAIに社外の書類を見せるかの判断は図面をどのAIに見せるかで扱っています。

誤読対策は規格値・発注情報との照合で

ミルシートの読み取りで最も避けたいのは、数値の誤読によって規格外の材料を合格として受け入れることです。どの方式でも誤読はゼロになりません。業務の設計で防ぎます。

ミルシート読み取り結果の照合 読み取り結果項目・値・信頼度 発注情報との照合材質・寸法・数量・ヒートNo. 規格値との照合上下限・規格値近傍の判定 整合性の確認成分の合計、単位、桁数 すべて通過 → 登録 引っかかった項目→ 原本と人が照合
読み取り結果を3つの照合にかけ、どれかに引っかかった項目だけを人が確認する。
  1. 発注情報との照合:材質(規格名)、寸法、数量、ヒート番号(溶解ロット)が、発注・入荷の情報と一致するか
  2. 規格値との照合:化学成分や機械的性質が、規格(JIS等)や社内の受入基準の範囲内か。範囲の境界に近い値は必ず人が確認する
  3. 整合性の確認:単位の取り違え(MPaとN/mm²、%とppm)、桁数の異常、成分値の合計など、物理的にありえない値を弾く

照合に引っかかった項目だけを、原本の画像と並べて人が確認する画面にすると、全項目を目で追うより確認時間が短くなり、見落としも減ります。

導入の進め方

登録の設計はAI-OCRの結果をMES・QMSに登録する、AI-OCR全体の考え方は製造業のAI-OCRを参照してください。

よくある質問

ミルシートの読み取りに生成AIを使っても大丈夫ですか

多様な様式に対応しやすく有力な選択肢ですが、数字の取り違えや値の補完が起こりえます。発注情報・規格値・整合性の照合を組み合わせ、引っかかった項目は人が原本と照合する設計にしてください。

Donutのようなモデルを自社で使うには何が必要ですか

自社のミルシートの画像と、正解となる項目・値のデータ(注釈)を一定数そろえて追加学習する必要があります。様式が多い場合は、注釈の手間と生成AIの利用を比べて判断します。

取引先からデータで受け取ることはできませんか

可能なら最善です。材料メーカーによっては電子データでの提供に対応しています。紙やPDFの読み取りは、電子データ化までの過渡期の手段と考えてください。

この記事に出てくる用語

用語集(日・英・中)をすべて見る

この特集について

製造業の生成AI、どこまで任せられるか

文書検索、手順書の生成、品質報告のドラフト。人が承認する範囲と任せてよい範囲の線引き 全91本

  1. 製造業の生成AI活用の全体像:業務別12ユースケースと導入の順番
  2. 製造業の社内文書RAG入門:手順書・図面・品質記録を検索する5層構成
  3. Siemens Industrial Copilotの全体像:5系統の提供状況と狙い
  4. 生成AIの情報漏えい対策:製造業が決めるべき入力禁止情報とログ管理の7項目
特集の記事をすべて見る →

この記事を書いた人

株式会社サオス

株式会社サオス 製造DX部

DELMIA Apriso を中核とした MES / 製造DX の導入・運用・人材育成と、製造業向けAIの調査・開発・教育を手がけるITコンサルティング企業。ISO 9001:2015 / ISO 27001:2022 認証取得。 日本・中国・米国で製造業のMES・データ基盤・AI導入を手がけた実務者が、欧米・中国の一次情報にあたって書いています。